スペシャルコンテンツ >> 顧問コラム >> 『風月無尽の無何有の郷(松風亭 雅山)』


風月無尽の無何有の郷

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2015/3/3 松風亭 雅山

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二十歳前くらいに、道元における自力と他力について、思いを巡らしていた時に、行きついたのは、やはり、昨年の暮れにもふれました

森三樹三郎先生の「無」の思想 老荘思想の系譜で御座いました。


『禅宗を自力道だというのは、その仏道を習うための打坐の地点をとらえてのことであり、もし打坐のかなた得られる境地についてみれば、

それは他力道と区別のないものになるであろう。 「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏の家になげいれて、仏のかたよりおこなはれて、

これにしたがひもてゆくとき、ちからもいれず、こころもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる(『正法眼蔵』生死)。」』


奥深い言葉の数々を堪能頂けましたら、幸甚で御座います。


春爛漫が心待ちの今日この頃で御座います。



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